CLOSE

目次
序節
第一節
第ニ節
第三節
第四節
第五節
終節

-The other side story-
Linkage : 03 日々に与える鉄槌 ~リル・レヴィアタン~

Fabulatore Official Website
エド エド
幼馴染四人組の賑やかし担当。
村の大人曰く"歩く頭痛の種"
ガズゥ ガズゥ
女好きのキザ男。エドの悪友。
葡萄酒に関する造詣が深い。
レレン レレン
いつも何か食べている。物静か。
見た目女子だが生粋のパワー系。
ミルチスカ ミルチスカ
幼馴染四人組の抑え役。
博識で真面目。女性が苦手。

―― 序節:香草と葡萄酒 ――

“グルート”というのは、数種類の香草を混ぜ合わせたものである。
そのままでは、酸味や苦みが強い雑酒を、美味しく戴くための素晴らしい知恵だ。
主に、薬草の知識と言うものは、修道師か魔女によって培われるものだが、
一部の酒好きは、自分なりの配合比率を持っていた。

主として混ぜ合わせるのは、ニガヨモギやホップ、リンドウなど酒の原料にもなる薬草達。
あるいは、ショウガやカモミールなどの純然たる薬草達である。
金持ちや貴族になると、そこにサフランなどの香辛料であるとか、
蜂蜜、砂糖等が加えられる事もままあった。
階級には、階級なりの楽しみ方があるというわけだ。

青年達のテーブルに並んでいるのは、
小さな蕪の浮いた出汁の薄いスープと、見るからに固そうな、黒い燕麦パン。
酢の利きすぎたニシンに、林檎酒と葡萄酒。
そんなに豊かでもない村の、最低限の一般食と言えばそれまでだが、
流石にそれを食卓というには、華がない。

一仕事の後の食事が、そんな"入れるだけのもの"では、せっかくの席が滅入ってしまう。
だから、めいめい好きなものを持ち寄ろう。それが、彼等の昼の決まりとなっていた。

その中の一つが、グル―トである。

日常にちょっとの反抗と、スパイスを。

青年達は、牧歌的な生活を憂いながらも、
精一杯、楽しみを見つけながら、今日を生きているのだ。



ツンツン頭の青年・エドが、木の机を叩いて立ち上がった。

「俺、海賊になるっす!」

燃えるような赤毛と無邪気な瞳が、
窓から差し込む光に照らされて、キラキラと輝いている。

「まーた始まったな」

エドの対面に座るキザ男・ガズゥが、楽しそうに言う。
ガズゥは、木組みのジョッキにちびりと口を付けると、短く唸った。

「まだ、グルートの配合に改善の余地があるな……」

ドロドロとした混ぜ物の葡萄酒を舌で転がしながら、ガズゥは眉根を寄せる。

年頃はエドと同じだが、背は高く、無精髭が生えている事も相まって、
青年というよりは"大人"という感じであった。
少し長めの金髪からは、どことなく葡萄の良い香りがする。

「グルートの配合より、他に改善する点があるんじゃないの……」

冷めた声が響いた。
そこには、少女と見紛うような青年が座っていた。
ガズゥは、無言でその青年に、酢漬けのニシンを放る。

「むぐっ、ふぉれですふぉし……だまっへほっへ?」

口にニシンを放り込まれた青年は、ためらいなく咀嚼し、喉を鳴らす。
栗毛色のさらさらとした髪。
陶磁のようなきめ細かい肌に、華奢な身体付き。
少女のような青年・レレンは、ガズゥに向かって馬鹿にしたような視線を向ける。

「ボクがそんな手に乗るとでも……? 君は浅はかだね……! そんなことじゃ黙らないよ!」

ニシンがまた一尾、宙を飛んだ。

瞬間的に飛び上がり、それを掴み取るレレン。
その姿は、まるで猫だった。
一心不乱に餌を咀嚼する猫をしり目に、ガズゥは、木組みのジョッキを掲げる。

「グルートって言うのは、男の夢(ロマン)なんだ。
オレ様は、これで修道士どもから利権を掠めとってやるぜ……!」

レレンが形の良い小さな鼻を鳴らし、ぺろりと唇を舐める。

「混ぜ物より元をどうにかしようとは思わないのか、ね……」

濡れた唇が扇情的と言えなくもないが、光っているのは魚の脂だ。
ガズゥは、野良猫を追い払うように手を振る。

「すごい自然に流されてるっすけど、そろそろいいっすか!?
俺が、なんで海賊になりたいのかを……!!」

「あー、オレ様は今──」

無闇に熱い語り口のエドに、ガズゥが手の平を差し出す。
しかし、エドは止まらなかった。

「海賊は、それ自体が、国のそんざいしょーめーを脅かす事が出来る存在なんすよ!」

握り拳は、天を突いていた。
長いため息をつくガズゥ。
目の前に並んだ小皿をいじりながら、
彼等にとっては聞き飽きた台詞を、ガズゥが口にする。

「……『いいか? 国家を形作る三要素というものがあってだな。
領土、国民、統治権力者。この3つが揃って国家と呼べるわけだ。
その一つの領土。これは、海賊の有無で、
その国が領土をちゃんと支配出来ているかどうかが判断できる』」

ガズゥが喋り終わると、指についた酢を舐めながら、その先をレレンが継いだ。

「『つまり、海賊が居る国は、領土がぐらついている。
国がぐらついているんだ! 海賊は、数十人の小さな集団だ。
そんな小さな集団が、国を脅かす事が出来るんだ……。
どうだ、わくわくしないか、おまえ等!』
……親父さんが酔っ払った時に言ってる、いつもの"アレ"だよね……」

どこを見るともなくそう言うと、レレンはニシンの咀嚼に戻った。あぁ、とガズゥも生返事。

「そうっすよ! オレは、最近、よーやく海賊のアツさに気がついたんす!」

卓には、今更……?という白けた雰囲気が流れているが、エドは気にしていないようだ。

「おめぇほんとに意味わかってんのか?」

そうエドに言いながら、ガズゥは目の前の小皿を並べ替える。

「解ってるか解ってないかじゃないっす! アツいじゃないっすか、海・賊……!
ガズゥさんは、そう思わないっすか!?」

机を揺らすなと、五月蠅げに手を振るガズゥ。

「……そう思わないっすか!?」

「……ああ、アツいな。凄いな。凄い凄い。お前はお前の夢(ロマン)を追っかけろー」

その反応、全っ然アツくないっすー!と騒ぎ始めるエドを余所に、
ガズゥは、再び小皿を並び替え、腕を組み、思案をし始めた。
レレンが、「親父さん、ニシンもう一尾ー」とカウンターに声をかける。

めいめいが好きなように振る舞う、いつもの昼の風景だ。


―― 1:眠れる竜水亭 ――

「お、ミリ、マリ来たな! こっちだこっち!」

「やっほー! 麗しの美脚、ミリちゃんマリちゃんが来たよぉー!」

「わたし達の試作葡萄酒、どうなった? どうなった!?」

酒場の木戸を開け放って入ってきたのは、子供っぽく髪を括った溌剌とした女性と、
穏やかだが明るい長髪の女性二人だった。

ガズゥが、椅子の背を引いてやる。

──ここは、”眠れる竜水亭“と呼ばれる店。日用雑貨などの販売もしている、
こじんまりとした酒場だ。
しかし、よくある酒場には無い特異な点が、この酒場にはあった。
内装である。
店内は、船室を模した造りとなっており、
所狭しと海にまつわるものが装飾されていた。
机上の敷物は帆布、壁には錨が掛けられており、
カウンターの周りには干物がいくつも吊り下げられていた。
店主の趣味が窺えるというものだ。
そんな店内を、荒くれる竜が見守っていた。額縁の中から、ギョロリと目を剥いている。
陸の孤島の様なこの村において、この竜水亭は、
その物珍しさから若者たちの格好の溜まり場となっていた。

エドやガズゥ達も、その中の一人である。
今日のこの集まりはと言えば、ガズゥの趣味の時間を、幼馴染二人が
昼飯がてら邪魔をしに来たのが始まりであった。



「いっや、ガズゥさん、考えてみるっす! 小難しい事抜きにしても、海っすよ??
海の男っすよ? パイレーツオブ俺たちっすよ? まじかっけーじゃないすか!」

エドが、身を乗り出して対面のガズゥに迫る。
ジョッキ片手に盛り上がっていたガズゥと先程入ってきた二人。
ミリとマリと呼ばれていた女性達が、くわっと目を剥いた。

「──ちょっと、ガズゥと私達との話に、勝手に入って来ないでくれる!?」

「そうよそうよ!」

ガズゥにべったりくっついているミリとマリが、抗議の声を上げる。
顔立ちが瓜二つなので、おそらく双子なのだろう。

「エド、オレ様は高尚な試飲会の最中だ。黙ってろ。
それに、そもそも、異教徒が攻めてくるかもってなこのご時世に
そんな事やってみろ、殺されるぞ」

「そうだそうだー」

「そうだぁそうだぁ!」

と、双子も口を揃える。

「女はすっこんでるっすよ……!」

とにらみ合いを始める双子とエド。

「……まぁ、確かに海賊が男の憧憬(ロマン)なのは認める。
だがな、オレ様には、どうしても海賊になれない理由があるんだ……」

ガズゥのいつになく真剣な雰囲気に、ごくりと息を飲むエド。

「それは……、何なんすか、ガズゥさん……!?」

「幾ら男の魂(ロマン)だとは言え――」

芝居がかった身振りでバッと腕を広げるガズゥ。

「可愛い子猫ちゃん達に、心配はかけられないっ!」

「きゃー!」

ガズゥに抱き締められて、黄色い声を上げるミリとマリ。
脱力の勢い余って机に突っ伏すエドと、露骨に顔をしかめるレレン。
若干の間を置いて復活したエドは、再び身を乗り出した。

「いやいやいやいやガズゥさん!
今はそれで良いかもしれないっすけど、あんた絶対飽きるっすから!
葡萄踏みの女の子と出会たい放題! 最高! 葡萄農家最ッ高! うはー!!
とか言っちゃってる事からも、確定的に明らかっす!」

「やめろ! 今する話じゃねぇだろ!」

「やめねぇー! 良いっすか!」

掴み掛ろうとしてきたガズゥに指を押しつけ、気炎を上げるエド。

「海賊ってーのは、港港に恋人が居るんすよ!
世界中の女の子と出会いたい放題なんすよ!
ガズゥさんにぴったりじゃないすか!
出会いたい放題! 最高! 海賊最ッ高!
どうっっっすか!」

息を飲み、僅かによろけるガズゥ。
よし、とばかりに拳を握るエド。
ガズゥは腕を組み、何事か考え始めた。

今年の葡萄踏み娘であるミリとマリは苦笑する。

「あ、私たちに嫌われたくないんだ? って一瞬喜んだミリちゃんがバカみたいだわー」

「ガズゥはそこら辺、だらしないわよね。結構、人でなしよね」

組んでいた腕をほどき、手を振るガズゥ。

「いや、いやいや、冗談だって、はは、乗るワケねーだろこんな話。あははは。
オレ様は、おまえ等と居るのが一番楽しいんだからさぁ!」

「どーだか」

「その割には、他の女の子と平気で会ったりしてるよね?」

ミリとマリが不満げに唇をとがらせて、件の色男を睨む。
ガズゥは肩を竦めると、

「いや、それは、ほら、オレ様って山が好きだろ?
だから、そこに柔らかい二つの山があったら、
登らない訳にはいかないというか…っだ…」

二人から叩かれるガズゥ。

「変態!」「バカ!」

つんとそっぽを向くマリと、依然として噛み付こうとしているミリ。
ガズゥは悪びれずに笑うと、左にいるミリの肩に手を回す。

「いや、でもオレ様は、本当にお前らの事愛してるんだぜ?」

ミリの顎に手を添えると、ハスキーな声で何事か囁きながら
ミリに顔を近づけていくガズゥ。ミリの顔にさっと朱が差した。

「ぇ、やだちょっ、ちょっと待って、
そんな事今言われても、それに"ら"って――」

尻すぼみに小さくなっていく声。 ミリはとまどい、軽く抵抗しながらも、
次第に諦めた様に力を抜き、ぎゅっと瞳を閉じる。
震える小さな唇が、柔らかく形を変える──

「……親父さーん、干しタラくださーい」

その瞬間、心なしか大きめな声が木造の店内に響いた。
店長が何故かヤケクソな大声で返事をする。

水を差す、というのは正にこういう事を言うのだろう。

「おめーさー……」

いつの間にか静まり返っていた店内に、徐々に喧騒が戻ってきた。

浮かせていた腰を乱暴に下ろし、椅子を軋ませるガズゥ。
ふぅっと、ミリが顔を赤くしながら机に突っ伏した。

店長から受け取った皿を掲げると、にへら、と笑うレレン。

ガズゥへの返事もそこそこに、
小動物の様な口をめいっぱいに開けて、干しタラにかぶりつく。

「なに……?」

「なに……? じゃねーだろうよ」

「……?」

最早声を出す事も、顔を動かす事さえもお前には勿体ないとばかりに、
目をちらりと動かしただけで応えるレレン。
全身から、喋りかけるなという声が漏れ出しているようだった。v
「…………」

瞬発的に腕を振り、干しタラを奪い去るガズゥ。

「高い高ーい」

得意気な顔で干しタラを掲げる。
身長差からして、ガズゥが腕を伸ばしてしまえば、
頭一つ低いレレンは、絶対に干しタラに手が届かない。

「……ガキか。頭わるいわるーい」

レレンは、ぼそっと呟くと、どこからともなく
同じものを取り出し、またモグモグとやり始める。

「おめー、それどっから持って来てんだよ!
頼んだの一品だけだったろ!?
それカウンターに吊り下げてあるやつだよな!?
ちょっとイーユん! こいつ、店の食材盗んでんぞー!」

最早意地になってきたガズゥは、
レレンの行いを、カウンターに居る店長に向かって騒ぎ立てる。

「……うまいなぁ、この海の幸。さすが、親父さん……!」

「サービス!? イーユんちょっと甘くねえ!?」

「やれやれ……人を犯罪者扱いとは……
頭ぐずぐずだな……ボケるのは色ボケだけにしとけ……」

「あぁ゛ん!?」

小気味の良い音がした。
机をひっぱたいた振動で、小皿が音を立てる。

「わたしわたしわた……あああ顔近いよ……だめだよ……」

未だに顔を赤くしたまま、戻って来ないミリ。

「おーい、話がとっちらかってるっすけど、
海賊になる気は固まったっすかー?」

パンパンと手を叩くエド。

「うるせぇ、とっちらかり始めたのはてめぇのせいだろうがよ!!」

喧々囂々と、いつにも増して騒がしい卓上。

「んー、わたし、どうすればいいのかな、これ……」

喧噪の中で独り、マリが頬に手を添えながら苦笑した。


―― 2:跡取りたちと夢の一欠片 ――

ルート王国の片田舎、リメルザンド地方、コロンジュ。
農業が盛んであり、村の軒先には葡萄棚が広がる。
また、村には小規模ながら陶工が窯を構えており、煉瓦などの生産も行われていた。
一年を通して温暖。
風光明媚には違いないが、何の移り変わりも無い小さく平穏な村だ。
街から街に移り住む者に取っては羨ましい住処かもしれないが、
村人達にとっては箱に詰められた様な毎日だ。
人の行き来は少なく、顔触れも変わらない。殆どの者が顔見知りで、
生まれてから死ぬまでずっと同じ景色が続いていく──。
そんな閉塞感を打ち破るのは、いつだって夢の一欠片だ。
竜水亭の店主・ガルグイーユもまた、夢を見ていた。
遠い、見たこともない海を行く、大きな帆船。
その船に乗ることを、潮風薫るデッキに立つ事を夢見て、
そして、それを出来うる形で実現させた。それがこの酒場、竜水亭である──。
その店構えに幼い頃から親しんだ若者達の中から、
海に興味を持つものが現れるのは、無理からぬ事だと思われた。



「で、レレンはどうっすか? 海賊!」

もうやだこいつら……と天を仰いで脱力するガズゥと、
未だ机に伏せているミリ、何事か指折り数えているマリを余所に、
店主の愛弟子、エドが意気揚々と次のターゲットに声をかける。

「え、めんどくさい……」

ようやくほぐれた干しタラを噛み切って一息付くと、レレンが言う。

「エド、僕たちはね、跡取り。親の跡目を継がなきゃ駄目」

「えぇー……探せェ、そこに宝の全ては置いてきた!
ドン!世は正に大海賊云々かんぬん!ってやりたいっす~!」

「僕は、火の移ろいを見てる方が好き」

ばっさりと切り捨てられたエドは、
魂が抜けたように脱力して机に伏せると、不満気に身体を揺する。

「あきらめな、おめーは芋くせぇー農家だ。海の上では生きていけねえよ」

椅子に沈み込みながら、エドを指差し、何故か得意げなガズゥ。

「はあ゛ぁ゛? 何すかその上から目線! ガズゥさんだって農家じゃねーっすか!」

「いいや、違うね。オレ様の家は、かぐわしーい“葡萄”農家だ!
葡萄酒にもなればお高い料理にも使われる!
貧民庶民の食べ物作って、やっすい金稼いで、
いっやぁエド君の未来はカワイソウですなあ!」

馬鹿にしたような笑い声をあげるガズゥ。

「うっぜぇええっす! すっぺぇ葡萄農家が何言ってんすかぁ!」

「建築用葡萄酒にしかならない、
かぐわしーい葡萄農家さんお世話になってま~す」

卓上の雰囲気が徐々に荒々しいものに変わっていく。

「んだとコラァ! うちの葡萄が低級だとか馬鹿にしやがってんのか!? やんのか!?」

指折り数えて居たマリは、ふとため息を付いた。

「望むところだこのヤローっす! ガズゥさん、
喧嘩は俺の方がつえーの忘れてんじゃねーっすか!?」

力強く腕まくりをして、火花を散らすエドとガズゥ。

「はーい、両者向かい合って――」

二人の間に座っていたレレンが、審判役を買って出るようだ。
その姿は心なしかノリノリで、眠たそうな半目はきらきらと輝いている。
野次馬根性丸出しの他の客も集まってきた。
一触即発と言った空気の中で、未だ顔を赤くしながら
頭をふりふりしているミリを抱き起こすと、マリは席を立つ。

「ガズゥ、私たち行くね。買い物しなくちゃ」

「お!? おぅ、悪いな!」

「今日の御夕飯は、鶏肉の葡萄煮と栗とレンズ豆のスープだよ」

ちょっと豪華なんだから早く帰ってきてよね、とマリが付け加えるが、
ガズゥにはもう聞こえて居ないようだった。

「はじめ――」

気の抜けた声を切っ掛けとした大歓声。
もう、と頬を膨らませるマリの声は、酔客の野次に飲まれて消えた。
はじけるような音がする。皮の厚い手の平と手の平がぶつかり、
エドとガズゥの取っ組み合いが始まった。



酒場は異様な熱気に包まれていた。
中央を取り囲む様に野次馬が並び、
その円形の人垣の中で、殴り合う音が聞こえる。

「さあ、どうだどうだ!」

「オレ、エドに銅貨一つ!」

野次馬達がはやし立てる。
熱狂の視線の先には、エドとガズゥが立っていた。
技も何も無い荒々しい応酬。
大振りな蹴りや拳が、肉を打つ度に歓声と野次が上がる。
どちらかがよろけて人垣に突っ込むと、真ん中に跳ね返され、
その跳ね返された力を使って、よろけながらも加速し、相手に拳を一発当てる。
そんなやり取りが、何回も繰り返されていた。

エドが、手の甲で口を拭う。

「ハッ、顔には拳いれねーとか……、気ぃ使ってねっすけど…、
大丈夫っすか……? キザったらしい葡萄農家、さん!」

踏み込み、拳を振る。

「う゛っ、何回か殴られたぐらいじゃ、オレ様の美形は揺るがねぇ……、よっ!」

ガズゥも殴り返す。
日常的な作業で比べれば、圧倒的にエドの方が鍛えられている。エドの方が優勢だ。
ふらつき始めたガズゥの拳が、大きく空振った。
好機と見たエドが、カウンターでガズゥの腹に膝を入れ、
たたらを踏んだガズゥにフィニッシュの拳を叩き込む。
正にその瞬間。酒場の扉が、音を立てて盛大に開いた。

「なにをやってるんですか、貴方達は……!」

一瞬エドの注意がそちらに逸れたのを、ガズゥは見逃さなかった。
ギリギリで拳をかわし、体重の乗ったストレートを顔面にぶち込む。

床に倒れこむ音が二人分、派手に響いた。

酔客の注意は、酒場の入り口へと移っていた。そこに立っていたのは、
さらりとした腰までの長い黒髪を、後ろで一つにまとめた線の細い青年だ。
珍しく、眼鏡などと言う物をかけている。

「あ、みるちー」

「また無闇に煽り立てていたのですか、レレン」

女性客を大袈裟に避け、みるちーと呼ばれた青年が酒場に入ってくる。

「だって面白いじゃん」

ぺろりと小さな舌を出すレレン。青年がレレンに歩み寄っていく。

「レレン……レレン、確かにあの二人の乗せられやすさは面白いですが、
私の名前はミルチスカです。何度も言いますが
私はそんな乳牛につけるような名前では無く、知性の星という……」

ドン、と青年ミルチスカの両肩に衝撃が走った。

「おう、ミルチー! 親友二人の喧嘩より、
自分の呼ばれ方の方が大事なんすか?
そうなんすか? おう、ミルチー!」

「おう、ミルチー。
オレ様のどこがバカで面白いっつーんだよ、おう、ミルチー!」

エドとガズゥはいつの間にか、ミルチスカと名乗った青年の後ろに回り、
ミルチスカを挟み込むようにがっしと肩を組んでいた。
顔は傷だらけだが、晴れやかな顔をしている。

「う゛っ、ガズゥ、あなたまた昼間から飲んでいるんですか!」

「うっせぇ!  酒場来て酒飲まねぇとかありえねーだろがよ!」

「そーっすよ、そーーっす!」

「エドは、飲んでも飲んでなくてもその調子ですから、タチが悪い……!」

人垣を作っていた酔客達は、

「はー!? エドの負け!?」
「やり直せ!」
「空気読め学者見習い!」

と口々に散々な罵りを吐き、散って行く。

「またの御来場をー」

と、言いながら酔客が投げた賭金を回収していく辺り、
レレンはちゃっかりとしているというかなんというか。
そんなレレンを背にして、にんまりとエドが笑う。

「いやぁ、ミルチー。オレー、今すっげー面白い事考えてるっすよー」

ミルチスカの頭の中に、“これは、ヤバい”と警鐘が鳴り響いた。
エドがにまにましながら話し掛けてくる時は、大抵ろくでもない事しか持ち掛けて来ない。
慌てながら、どうにか強制肩組から抜け出そうともがくミルチスカ。

「わ、私は今日は用事があってここに来たんです!
あなた達と遊んでいる暇はありません!」

しかし、時既に遅し。

「固い事言うなよ、おう、ミルチー!」

さらにがっしりとガズゥに肩を組まれ、
木机ではレレンが隣の椅子の座面をポンポンと叩いていた。

「儲けた金で何か食いましょーぜ、だんな」

「私は、私は用事があると──!」

ミルチスカが、机の方にずるずると引きずられていく。
何かを議題を作りぐだぐだと話す。幼馴染4人の、いつもの光景だった。


―― 3:現実と向き合えない人たち ――

「だから、そのルートは有り得ないと言っているでしょう!」

風鳴りの音付きで、ミルチスカがエドを指差す。

「えっとぉ……」

両手を上げて、口の片端を無理くり引き上げるエド。
どうにかして笑おうとするが、明らかにその笑顔は失敗していた。
惨憺たる様子だ。
冗談でしかない様な話を、ミルチスカが片っ端から真面目な討論化していったのだ。
レレンはよほど眠くなったのか魚の尻尾を持ったまま机に突っ伏して眠っているし、
ガズゥは酒場の看板娘に用があるのか、カウンターに席を移している。

「いやぁ……、せっかくだからほら、夢のある話をしないっすか?」

「エド、エド……、目指すんでしょう? 本気で!  海賊を!
ならば効率の良く、かつ安全なルートを思案するのが」

「わかったっす! わかったっすよ!」

苦笑付きで引き下がるエド。

ミルチスカは、恐ろしく凝り性であった。
一回のめり込むとどこまでも深く掘り進んで行く性格。
それが今、災いしていた。

「わかりましたか! では、もう一度考えましょう。《常嵐の海域(サーニエス)》を突っ切って、
《嵐の島(エルディア)》の財宝を頂くなどというイカれた案は、綺麗さっぱり忘れて下さい!」

「えー……」

明らかにげんなりとした顔が、そこにはあった。

「えー、も、麦芽酒(エール)もありませんよ。いいですか?」

ミルチスカは、どこからともなく羊皮紙を取り出し、机の上に広げる。

「大体近場の海に出るのに、どれだけかかると思っているのですか!」

ミルチスカが力強く指差すのは、このコロンジュの村がある辺りだ。

「この村は、大陸のど真ん中にあるんですよ!
まずは、巡礼路に沿って北上し、て二つ村を越えて、自由都市のヴェズールを中継して、
今度は東南東に進路を取って……」

「……」

「ディシャン、ソーヌ、リオンと五つの街や村を越えて……
とにかく気の遠くなる道のりを経て、港湾都市アレルに着くわけです!」

「…………」

「その間野盗や山賊、飢えた傭兵に、野犬に狼!  危険は星の数ほどあるわけですよ。
全員無事に着いたら、奇跡なぐらいの道のりなんです! いいですか」

鳴っている鐘の中に頭を突っ込んだ、というような顔をして、目を回し始めるエド。

「しかも!《大陸内海(メディヴェルト)》はここ百年、
《嵐の島(エルディア)》を取り囲む嵐の壁のせいで通行が閉ざされているんです。
そんな中に突っ込むのは阿呆な冒険者のやる事でしょう!
それだったら外海に出て沿岸を転戦していった方が、よっぽど海賊らしく──」

「わかったっす、わかったっす!」

もう無理!とばかりに両腕を上げるエド。
自分の努力が報われた、と言わんばかりにぱっと表情が明るくなるミルチスカ。

「でも、違うんすよね~……」

萎むミルチスカ。
しかし、すぐにどう説得しようか、という思案の顔になる。

「ミルチー、ごめんっす」

そのまま力無く机に突っ伏したエドは、ミルチスカに手のひらを見せる。

「オレは別に、この話を現実にしたいわけじゃないっすよ」

「そうなんですか?」

軽く目を見開いて、ミルチスカが問う。
裏から出て来たマスターも、雷に打たれたような顔をしていた。

「今思ったんすけど、きっとそうっすね。
なにをやりたいかって話は夢があるっすけど、
なにが出来るかって話は、なんかこうー、現実!って感じじゃないっすか?」

しなだれた赤い髪をかきあげ、そのまま頭を抱えるエド。

「否が応でも現実を見せられる日が来るんすよ。
なら、オレはまだ楽しく生きててーなぁって、……そう、思うんすよ」

伏し目がちで、自嘲気味に笑う。
その言葉は、いつものエドらしからぬものだった。

「向こうからマスターの熱視線が飛んできてますが、大丈夫ですか」

「うん、まあ、おやっさんも夢破れた1人っすから……」

こういう話は聞きたくないんじゃないっすかね、と、眉尻を下げた笑みを浮かべるエド。

しかし、そんな感傷的な雰囲気をよそに、カウンターの方からは、暴れ牛のような荒い鼻息が聞こえて来ていた。

ちょ、イーユんそれは絵的にやばいって、という声も聞こえてくるが、鼻息は徐々に大きくなっていく。

しかし、その鼻息は途中で震えだし、最高潮に達した所で決壊した。
子供の様に号泣しながら、勢い良く裏に引っ込んでしまう店長。

「エドのばかやろー! 仲間だと思ってたのに! このやろー!」

豪放磊落な店長が、ぶりっ子の様に泣く、という凶行に騒然とする店内。

遠ざかる泣き声が、最早手当たり次第に文句を言っていく。

「酷いことを言う……! 最早親同然の私に──、
誰が子供がいてもおかしくない年齢か!!!
若い男とちちくりあってんじゃねぇぞジル助がー!」

「私とばっちり……! ガズゥってば常連さん!」

思わず声をあげる看板娘、ジル。
茫然とするガズゥと、肩を落とす看板娘。
肩を叩こうとするガズゥの手を払いのけ
ジルは身を返し、行く。
流し目でエドを睨みつけるのは忘れない。
スカートの裾をたくし上げると、足も露わに疾駆する。

「メニュー誰が作るんですかー! その無駄に身に付けた家事スキル、
ここで発揮しないでどこで発揮するんですかぁー!!!」

裏戸の辺りで破壊的な音が聞こえた。

ガズゥもぞんざいに頭を掻くと、カウンター端を乗り越え、行く。
女性好きとして、ただ見ているだけというのは座りが悪いらしい。

「でもさー」

エドは、このちょっとした事件の中でも、どこまでもマイペースだった。
ため息をつきながら話を続けようとするエドに、
ミルチスカは眉根を厳しく寄せるが、何も言わなかった。
それはきっと、エドの顔に元気が無かったからかもしれない。
目を伏せ、指遊びをしながら、淡々とエドは言う。

「オレ、本気になれる何かは欲しいんすよ。
なんか、どっかで、いやー、これは無理っすとか、
なんでこんな事やってんすかね……って思うこと、あるじゃないっすか。
でも、そこで何とかやってやろう!って思える何かが。欲しいわけっすよ」

言葉は、徐々に熱を帯びていく。

「そこまでやれたら、楽しいじゃないっすか。
バカみたいにあれやってたなー、って楽しく思えるじゃないっすか!」

そこで、急激に熱は萎み、また目は自分の指先を追いかける。
そんなエドを見つめるミルチスカの目は、先ほどと打って変わって優しいものだった。

「……それで?
どれだけ人から隠れられるか、やってみようっす!とか言って、
葡萄の木から落ちて、枝折りまくって、木を一つ駄目にしたりとか、
狼を手懐けようとして森に入って、迷って出れなくなって、
村の大人達に捜索隊を結成させたり、
色々と周りを本気にさせてるってわけですか」

やれやれ、と肩をすくめるミルチスカ。

「どうしようもないですね」

ぐ、とエドは顎を引く。

「そーっすよ。そーっすけど
……みんな、ひぃーひぃー言いながら楽しんでたじゃないっすか」

「ひぃーひぃー言いながら怖がってた、の間違いですよ。
夜の森を怖がらない方がおかしいんです」

その言葉に、ふん、とエドが鼻を鳴らす。

「……とにかく! オレはまだ、
自分が農業しかやる事が無い人間だとは、思いたくないんすよ!」

地に足の着いてない、若者だけが言える言葉。
ふわふわと、どこへ飛んでいくかわからない、
どうしようも無い死地に辿り着くかもしれない言葉。
それだから大人は心配するのだが、熱さを失っていない若者には焼け石に水だ。

「まあ、わからないでも無いですけどねぇ」

大人、と言ってもミルチスカとエドは一歳しか違わないのだが。

「オレは、おやっさんとか、ミルチーとか、
そういう本気になれる事を持ってる人が、本当に羨ましいんす」

そういって、窓の外を見るエド。
その視線の行く先は遠く、きっとまだ見ぬ未来に向けられているのだろう。
小さな村の、地に根付いた職業人の親の下に産まれれば、行く先は決まっている。
職人であれば、徒弟として各地の都市を巡るかもしれない。
商人であれば一度は奉公に出されて、外の世界を見ることもあるだろう。
ミルチスカのように学徒であれば、それこそ世界の色々な面を見る事になるはずだ。
だが、エドの家系は農民だ。自由に街から街へと移り歩く事は許されては居ない。
農民は、その村の根幹に関わる。
食糧供給によって成り立っているその中心に立っているのが農民だからだ。
だから、自由に移り住むことは許されていない。
だから、外の世界を知らずに一生を終える者が多い。
だから。
エドは、身を起こし思い切り背伸びをする。

「だから――、俺はまだ夢を見ていてーんすよ。現実なんか見たくねえっす。
どーせ、我慢する事ばかりになるんすから!」

結局、最後は農業に戻って来る事がわかってるんですね、
とミルチスカは微笑しながら内心で独り言ちた。
これで、この男は結構芋作りが好きなのだ、と。
しかし、口から出る言葉は説教くさくなる。

「私は、いまから現実との付き合い方を覚えた方が良い気がしますけどねぇ?」

「聞こえねぇっすー」

耳をほじりながらエドは言う。

この男は……。とミルチスカは眉根を寄せるが、しょうがない。こういう男だ。

「いやー、やっぱ捨てがたいっすよなー、海賊ー!
後世に名も残るかもしれねーですしなー!」

うんうん、と腕を組みながら頷くエド。

昔から、自由が過ぎる……。

ミルチスカはやれやれと言った顔で苦笑すると、
酒場に来て初めて、小さい木樽の様なジョッキに口を付けた。



「そういうことなら、本気のお楽しみを考えましょう」

少し顔を赤くし、机の上で手を組み、ミルチスカが言った。

「ほーん?」

エドは、頭の後ろで手を組み、それを聞いていた。

「私もいずれ、この村に帰ってくることが出来なくなるでしょうから、
思い出を作っておくのも悪くないと思いましてね」

「いきなりっすね、ミルチー」

椅子の前足をぶらぶらと浮かせて行儀悪く言うエド。

「エド、エド、私も人の子です。冒険や伝説に心躍らせる事ぐらいはします」

「ふーん?」

どこか笑いを堪えているような様子だ。

「微塵も信じていない様子!心外!心外ですよ!」

ダン、と力強く机を叩くと、声を張り上げるミルチスカ。
そのまま続けようとするミルチスカ。
それを遮るように、エドが手の平を向ける。

「……で、今度はいつ旅に出るっすか?」

ミルチスカはきょとんと目を丸くするが、
すぐにとろんとした目に戻り、また木のジョッキに口をつける。

「あぁ、《学芸都市(ディシャン)》にですか。
ちょっと聞きたい授業がありましてね、明後日には出ようかと思ってます」

エドは目を閉じると、喜びを抑えきれないとばかりに口の端が上がっていく。

「都合が良いっすねぇ……」

「どうかしましたか?」

「都合が良いんすよ! ミルチッスカ君!」

押さえ込んだバネが跳ねる様に、思い切り椅子から立ち上がるエド。
赤い髪の下で、爛々と笑顔が輝いていた。

ああ、何か思いついたんだな、とミルチスカは頭の片隅で思う。
いつもならば、その顔を見た途端、用事を思い出しましたので!
と急いで場を離れようとして、ガズゥに肩を掴まれる所だが、
今のミルチスカに、そんな思考力などありはしなかった。

「聞かせてください、その、都合とやらを」

「明後日は、ほら──、ちょっとした祭りがあるじゃないっすか」

人差し指をピンと立て、得意げに言うエド。

「ミリマリ姉妹の、葡萄踏みですか」

「それっす。そして、その後は、豊穣を祝って
酒飲み大会が始まるっす。大チャンスっす……!」

「そう、そんな、楽しげな雰囲気の中私は一人村を出て行くんです……」

最早机につっぷしながら、もの悲しげな馬車歌を口ずさみ始めるミルチスカ。

「大人の監視の目がゆるくなる隙を突いて村の外に出て、
ミルチーについていくっす……! そして、俺はそのまま海を見に行くんすよ!
幸い体にはちょっと自信があるっすからね!
おやっさんが喜びそうな話、いっぱい持って帰るっすよ!」

それは、物見遊山して帰るということか、
海賊として暮らしてから帰ってくるということか。

「誰もついて来なくても良い、俺1人でもやってやるっすー!」

俺は決めたぞー!と雄叫びをあげるエドにミルチスカは苦笑しながら、
独りで、と言われると心配になってしまいますね、と霞がかった頭で思う。

海賊。自由で、放埒で、決められた道など無い、何処までも広がる海で、
区切られる事の無い空を見ながら、悠々と自らの旗を掲げる。

自分達と、正反対の存在。

英雄譚や、放埒な話を好む市井の人が多いのは、きっと、
それがしたくても出来ない事であるからだ。
せめて話の中だけは、そうありたいと。
そう、きっとこの男はただ、本当に楽しく騒ぎたいだけなのだ。
そうして、もしかしたら、ゆくゆくは放埒な噂話の種になる男かもしれない。
私の生来の友人というのは、実は……、と学壇で語り合う。
そういうのも、なかなか良いじゃないか。
と、今更ながらに思い、調子を合わせる事にした。
教会学を修める身としては、説教の一つでもしなければいけないところだろうが、
今は良いだろう。気分の良さに任せて大言を吹く。

「……海賊になってなんでも一つ、好きなものにお目にかかれると言うのなら、
そうですね。古書『死の神と、その疑義』にお目にかかりたいですねー。
異端本ですから、まだこの世にあるのかは、疑わしいですが……」

「きっとどこかのお金持ちの船に眠ってるっすよ!
ミルチーも行くっすか! 探しちまいますか古っちい本!」

「稀覯本といいましょう! 『帆を張れ、今こそ船出の時だ』!
人生偶には冒険も必要ですよ! そうですよね!」

「お、いいっすね、いいっすねー! 盛り上がって来たー!!!」

「んぅ……」

俄かに騒がしくなった酒場で、
流石の我が道街道まっしぐらのレレンも目が覚めたようだ。

「なにー……? なんのさわぎ、……?」

目をこすりながら、寝癖のついた柔らかい栗毛が、ふわふわと揺れた。

「レレン、良いですか、海賊です。海賊をやるのです」

ミルチスカが、レレンの両肩をがっしりと掴み揺さぶる。
天と地がひっくり返っても変わらないだろうレレンの眠たげな目が、ぎょっと見開かれた。
普段なら、およそそんな事をしそうもないミルチスカの腕を、だ、大丈夫? と握るレレン。

「私は、大丈夫です。私は大丈夫です」

「えっと……えっと……」

彷徨うレレンの視線。

レレンは、我が道を行く人間だ。
始終眠そうな顔をして、何を考えてるかわからない。
なまじ顔が整っているためにちやほやされがちだが、
自分なりのルールがあり、こうと決めたら誰がなんと言おうと梃子でも動かない。

──しかし、逆を返せば、自分のルールに合っていれば、何でも言うことを聞くという事でもある。
レレンが無条件に従う人間。そんな人物が1人だけ居た。
ミルチスカだ。レレンは、何故かミルチスカの言うことには2つ返事で言う事を聞く。
それは、ミルチスカが外見に寄らず、相手の本質をしっかりと見定めようとするからかもしれなかった。

そういう意味で言えば、エドもその気があるので、やはりレレンと仲が良い。
ガズゥは駄目だ。初対面で口説き倒して、頬にキスしてきたクソ野郎の事を、レレンは生涯忘れない。
勿論持ち前の腕力でぶん殴ってやったが、女じゃなかったの!? とそっちの方に驚いていた。
今にして思うに、あの時殴ったせいでより頭が悪くなったのでは無いだろうか。
レレンは砂粒程度に反省したが、ひよこはどうせ鶏に育つし、ませがきは色情狂にしか育たない。

そんな事を考えながら、いやいやそうじゃないと頭を振った。
レレンは珍しくミルチスカの言うことに迷っていた。

海賊をやろうなんて正気じゃない……。

ふと目に止まったのは、ミルチスカの前に置いてあるジョッキだった。
中をのぞき込むレレン。
なみなみと注がれていたものが、無くなっていた。
赤ら顔のミルチスカがおかわり!と叫ぶ。

「エド、飲ませたね……。駄目なの知ってるでしょ」

まるで悪びれない、太陽の様な笑みを浮かべるエド。
その横では、

「7つの海を制覇しますよー! まずは、メディヴェルトからでーすッ!」

怪気炎を上げるミルチスカが雄叫びを上げて居た。

「えー……」

レレンは、そこまで頭が回る方では無いが、この現状をどうしようかと必死に考えていた。

「行くっすよ、レレン」

エドが強い意志を秘めた瞳で、レレンに言う。

「だから、僕たちは跡取りだから……」

「デントーも大事っすけど、新しいものも取り入れていかないと廃れるっすよ?」

「……つまり?」

と先を促すレレン。

「煉瓦づくりの新しい素材とか、見つかるかもしれないじゃないっすか。
港に行けば新しい技術の話も聞けるかも?」

レレンの耳がぴくりと動く。

「将来的にこの村を盛り立てる事につながるとは思わないっすかー?」

ひくひくと耳が動き続ける。

「…………」

「ミルチーも行くっすし」

「そうでーッす!」

「………………」

「美味しい魚、食べられるっすよ?」

「そうでーッす!!!」

と言いながら、レレンに後ろから覆いかぶさるミルチスカ。

「うぅううう……!」

振り向き様にレレンが、ミルチスカの腹に一発拳をくれる。

「みるちー! お酒くさい!」

ドサッと言う音と共に、埃が少し舞い上がる。

「行けばいいんでしょ……! 行けば! 行くよ……!」

「よーし、決まったー! これで二人ゲットー!」

思えば、エドは諦めない人間だ。
やると思った事はやる。
最初から、巻き込む策を考えていたのかもしれなかった。

「もぅ、上手く乗せられたら感じがする」

苦笑するレレンの顔は、しかし、どこか楽しそうだった。

「よーし! じゃあ名前を決めるっす!」

柏手を打ち、エドが宣言する。

「……良いの?」

「ガズゥさん? ガズゥさんは、みんな行くってなったら多分、
ちょっ、置いてくんじゃねぇよ!って突っかかってくるから大丈夫じゃないっすか?」

「……まったく」

本当にこの人は。強引で、人の話は聞かないし、迷惑ばかり振りまくが
なんだかんだ傍にいると面白いし、憎めない。
だから、みんなこの人についていってしまうのだ。

「俺、こういう時に、付けようと思ってた名前があるっすよ!」

お騒がせ男が恥ずかしそうに鼻を擦ると、大仰に腕を振って言う。

「その名も──「逃げろォオオオオオ!!!」

大音声と共に開かれた木戸。

息を切らせながら入ってきたのは、ガズゥだった。
膝に手をつきながら、早く!早くしろ!と腕を振っている。

「どーしたっすか?」

「イーユんが、チクった! "クマ"が、来るぞぉ……!」

「げっ!?」

「……やば」

「メディヴェルトの次はアージュウルでーすねー!」

「そんな事言ってる場合じゃない……!」

レレンは、立ち上がりかけていたミルチスカの首に手刀を食らわせた。
崩れ落ちるミルチスカを器用に担ぎ上げるレレン。

「みるちー……ごめんよ……!」

エドは既にカウンター近くまで走っている。

行け行けーと野次る酔客の間を縫って、駆け抜ける。

途中、ミルチスカの足が近くのジョッキを引っ掛けた。
赤い液体が宙を舞う。

「おい、葡萄酒無駄にすんな!」

「それは素直にごめん……!」

「無駄口叩いてっと舌噛むっすよ!」

エドは店員用のカウンターの隙間をくぐり、
レレンは本来跳ね上げて通るカウンター端を
ミルチスカを抱えたまま飛び越える。

ガズゥは今ようやく店の中央を突っ切る所だ。

エドが調理場の背にある扉に手をかける。

その扉を抜ければ、裏口まではちょっとした備蓄置き場があるのみだ。

開ける。

そこには、"クマ"から逃れる光明が………!

「エェエエエドォオオオオ……!」

閉めた。

「おい、なにやってんだよ!」

「いやだって……」

ガズゥの叱責は最もだが、
エドは、あまり見たくないものを見た気がするのだ。
しかし、握ったままのドアノブが引っ張られる。
向こう側から強引に裏戸が開かれた。

「うわっ、おやっさん!」

そこに居るのは"クマ"では無かった。
無かったのだが、ある意味では一番面倒くさい人物が仁王立ちしていた。

「おやっさん言うな!」

見目"だけは"麗しい女性が、泣きはらした様な目で抗議する。

「おやっさんおやっさんって言われる度に、
あたしがどれだけ傷ついているかわかるか!?
あたしは、女だぞ!?」

確かに少しガタイが良く、酒飲みで、男らしい。
髪などはぞんざいにくくり上げただけという、
"酒場の親父"としては親しみやすい人物であった。

彼女こそが"眠れる竜水亭"の"おやっさん"こと、ガルグイーユ・ソルジュその人である。

「いやあっすねぇ、それはぁ、諸々ぉー後で謝るのでぇ、そこをぉー」

「何詰まってんだ早く行けぇ!」

ガズゥが、もう少しでカウンターまで到達する。

「後ろが詰まってんだ早く嫁に行けこのクソ年増!??
なんつった!? ガズゥお前今なんつった!?」

「言ってねぇー!」

「……耳の病気か何か」

「通さねえ……ぜってぇお前ら通さねえ!
目には目を、歯には歯を、ボロ布にはボロ布よォ!
乙女の心を、ボロ布の様に扱った奴らの末路が……楽しみだわァ!」

「めんどくせぇ……」

「って言うかその歳で乙女の云々とか言ってるっすから未だにひ」

「あ゛ぁん?」

片手でエドの顔をがっちりと掴むとそのまま持ち上げるガルグイーユ店長。

「やめるっす! おやっさん! 骨がギリギリいってるっす! ギリギリいってるっす!」

「せめて姐さんと呼べぇえええええ!」

二人が押し問答をしてる隙をついて、レレンがこっそり脇を通ろうとする。
それに気づいたガルグイーユは、逃がすまいとするが、
追い付いたガズゥが、時間差で反対側から飛び込み、かく乱する。
どちらを捕まえるか、ガルグイーユが一瞬悩んだ隙に、
結局二人ともが脇を抜いて行ってしまった。

「エド……! 骨は拾って海に撒いてやるよ……! あとでな……!」

「イーユん、看板娘ちゃんあんま心配させんなよー!」

振り向き、相変わらずの眠たげな顔で十字を切るレレンと、
片手を上げたキザな別れの挨拶をするガズゥ。
二人は、エドを置いて容赦なく距離を離していく。

「あ、ガズゥ! レレン! 待てコラ!」

女性とは思えない万力の様な手指が少し緩んだ。

かすかな隙を突いて、頭を引っこ抜き、エドが地面に手足を付ける。
それと同時に、眠れる竜水亭の木戸が、怒声と巨体によって弾き飛ばされた。

「────っ」

瞬間を置いて、エドを逃すまいと伸ばされた腕が
たった一言で縫い止められるのと、野太い吠声が上がるのもまた同時だった。

「──くぉるあエドぉ! キサマ、また農作業サボって
酒場に入り浸りたぁ、太ぇ度胸だなぁ!」

物事は既に決定していた。
エドは、少し惚けた顔のガルグイーユの脇をすり抜け、
レレン達の後を追っていく。

「すまんな親父ー! 俺海賊になるからしばらく手伝えねえわー!」

「…………ッ」

酒場の他の客たちが瞬時に耳を塞いだ。

「ふざけるなあッ!!」

大音声。

辺りに居た者が地面から一寸浮く様な怒声が店内に響く。
ビリビリと壁や天井を震わせるその声は、まるで熊の吠声のようだった。

その姿も熊のような巨体に、ごつい筋肉を持つ男。
それが、"クマ"と呼ばれるエドの父親、エルマーであった。
エルマーは憤懣やる方無いと言った面持ちで、ガルグイーユに詰め寄る。

「マスター、なんで捕まえとってくれなかったんですか!」

「あー、いや、すまない」

照れて頭を掻きながら、言うガルグイーユ。

「オレは、本気っすよ。なんてキラキラした目で言うもんだから、
ついときめいてしまって」

「…………」

目をそらすエルマー。

「…………」

笑顔で圧力を向けるガルグイーユ

「………………」

更に目をそらすエルマー。

ガルグイーユが短く息を吸った。

「……言いたい事があるならはっきり言えやァ!」

ガルグイーユの固く握った拳が巨体にめり込んだ。軽く咳き込むエドの父親。
分厚い腹筋をしても、なお響く拳であったようだ。

「わたしがときめく事に、なにか問題でも?」

「いえ……相変わらず、お強い……ですな……」

「あら~、レディを捕まえてお強いなんて~」

わざとらしくにっこりと笑うと、拳を構えるガルグイーユ。
エルマーは、もう止めてくれとばかりに片手を上げた。
ふっと息を抜き、遠くを見つめるガルグイーユ。
そこには、小さくなったエド達の背中があった。

「しかしまあ、相変わらずのクソガキどもで」

「……ため息しか出ませんな」

ほんとにねえ、と目を伏せるガルグイーユはぽつりと言う。

「本気、か。良いよねぇ、若いうちは」

エルマーはため息をつき、肩を落とす。

「……あれには期待をしているんですがね」

「ああ、良い農家になるとは思うよ、エドも。ガズゥも。レレンは窯工だが」

「ええ、あいつら、筋は良いんですよ」

村の参事の1人として、色々な子供を見てきたエルマーの率直な言葉。
そこに多少のひいき目はあれど、経験から来る直観に嘘偽りはないはずだ。
だからこそエルマーは口惜しい。

「あいつらの親とも話はするんですが……」

エルマーはそう言って、武骨な自分の手のひらを、少し寂しそうにさする。

「もう少し厳しくした方が良いんですかね」

「それは……」

と言って、少し身を屈めるガルグイーユ。

「ますますうちが儲かるなあ!」

豪快に腰に手を当てて笑う。
呆れた目を向けるエルマーに、ガルグイーユは肩をすくめる。

「人に聞いてる風だけど、あんたの中では決まってるんだろう?
それなら、あたしが何か言う必要は無い。
ただ……、人間いつだって逃げ場は必要だよ。
逃げ場が無くなった奴は、ぶっ壊れるしか無い」

エドの父親の背中をバンと叩き、肩を組む。

「あんたもな。たまにはどうにも整理出来ない事を眠らせて、
酒で気分を押し流すってのも良いんじゃぁないかい?」

「客引きか」

「ああ、そうだ」

「……じゃあ、あっしも今晩辺り、久方振りに眠らせに来るとするかなあ」

目を伏せ、たてがみの様に生えた髭をぞろりと撫ぜると、
のっしのっしと帰って行くエドの父親。

「ガキどもが戻ってきたら言っておいてくれ。
"今日はお前らの金で飲み食いしてやるから覚悟しろ"ってな」

にんまりと笑ってお辞儀をするガルグイーユ。

「まいどあり~」

くっくっと、巨体を揺らして笑う。
エドの父親が振り返って言った。

「あんた、どっちの味方なんだよ」

「決まってんだろ? 客の味方だよ」


―― 4:リル・レヴィアタン ――

「よっしゃー! もう追ってこねーな!」

村の外れの林に程近い通りの地面に走ってきた勢いで体を投げ出し、
上がった息を整える青年達。

「いやー、びびったー! イーユんも大人げねぇな」

「迷える突進羊……」

「ミルチーは大丈夫っすか、これ」

各々が思い思いの言葉を放るが、1人ミルチスカだけが沈黙していた。
そう言えばと、レレンが心配そうに頬を叩く。
完全に伸び切っているミルチスカだったが、
良く聞くと、苦悶の声に混じって寝息が聞こえてくる。

「すぅすぅ言ってる……。大丈夫」

「そ。なら良いっすか。いやぁ、しかし今日は天気が良いっすなあ!」

大きく伸びをし、大の字に身体を広げるエド。揺れた雑草から草いきれが立ち上る。
見上げた空は青く、高いと思えるほど空は晴れ渡っていた。
雲が風に吹かれて、ゆるゆると形を変えていく。

「こんな日に海の上出たら……もっと気持ち良いかもね……」

「っすなあ!」

普段より目をもっと細めて気持ちよさそうにしているレレンと、
からっとした笑顔のエドが、くすくすと笑い合っている。
ガズゥは、なんとなく仲間外れになったようで、少し機嫌が悪かった。

「海海ってまだお前らそんな事言ってんのかよ」

「まだも何も本決まりっすけど?」

「……どこぞの色ボケは片田舎でぼけていくのがお似合い」

レレンの突っかかりに反論するのも忘れて、呆気に取られている。

ミルチスカを無言で何度も指差すガズゥ。
言外に、こいつも?こいつも?と言っていた。
こくこくとうなずくエドとレレン。

「……マジで?」

息を吸い、

「え、マジで!?」

「ガズゥさんよ、今なら1船員として迎えて上げるっすよ」

「は、ははははは、お前ら、馬っ鹿だなぁ!」

頭に手をやり、笑い始めるガズゥ。

「本当にやる気かよ!」

「馬鹿、一緒にやるっすよ」

身体を横に向け、手を差し出すエド。
それは、人生を少しでも記録に残るものにしようという、
何者でもない若者達の青い青い人生の1頁。

「ったく、しょうがねえな」

がっちりとその手を掴むガズゥ。

「俺がいねぇと、始まらねぇだろ」

それは、実際後世に伝わる記録の一行にすらならないかもしれない。
でも、今を生きるものにとっては閉塞を打ち破る、大事な数頁だ。

「さっすが、ガズゥさん! そう来てくれると思ってたっすよ!」

その一行は、記録に残らない数億の頁で出来ている。

「じゃあもう一度。 俺、こういう時に、
付けようと思ってた名前があるっすよ!
俺達の海賊団の名前は──」


―― 5:そして伝説に触れる ――

海は凪いでいる。
風は程よく頬を撫ぜ、
黒い骸骨の旗を棚引かせていた。

ようやく、この時が来たのだ。
男達は帆を張り、海原へと滑り出す。
大きな櫂の一掻きが、夢への第一歩だ。

「ようやくっすね」

「……釣りの道具はばっちり」

「けっ、結構揺れますね、あ、ああ、本当に出てしまった……」

とは言っても本当に海賊になったわけではない。
村を出てから紆余曲折あり、港から港への一航海、
海賊の船に客人として乗せて貰える事になったのだ。
自分達の船、自分達の海賊団とはいかないものの、
現実ではこれで十分だろう。

港からの渡し板が外れる寸前、板の上を走る音が聞こえた。

「あ、ガズゥさん、遅いじゃねーっすか、どうしたんすか、
やっておかなきゃいけない事があるから、
オレ様は後から村を出るとか言って…………」

何者かが船へ飛び移って来る。
甲板が軋む様な音を立ててそこに降り立ったのは、
騎士の礼装をした、顔色の悪い男だった。

「よう、虫けらども。潰しに来てやったぜ?」

「あ゛!? 誰だテメぇ!!」

周りの海賊が色めき立つ。

「ふざけた事抜かしてっとサメの餌にするぞ!!」

騎士が笑いながら剣を抜く。

「出来るならなァ」

「お客さんだ! 野郎供、丁重にお帰り願え!」

船長の号令に、怒声に近い呼応が返って来る。

海賊団はその数30余り。
対して乱入してきた騎士は1人だけ。
どうみても多勢に無勢ではあるのだが、
騎士は余裕の笑みを浮かべて剥がさない。

「良いか? 学の無い海の藻屑ども。
国家を形作る三要素というものがあってな。
――細かい事は省くがお前等は邪魔だ」

騎士が腕を振る。 一太刀で、海賊達の構えた曲刀が切れ飛んだ。
それは、柔らかいものを切り分ける様な気軽さだった。
「だが、そんなお前等にも価値がある」

鎖帷子は、紙吹雪の様に舞い散っている。

「俺は、最近一個師団を持つ事が許されてな」

ぶ、と騎士の口から血が吹き出した。
幾人もの海賊達が、騎士の背後から槍を突き刺したのだ。

「だが、誰も俺の下で働いてくれねえんだ」

騎士が口を拭う。

騎士は"傷付いていなかった"。
服や鎧の留め具は裂けている。
だが、それだけだ。
ば、バケモノ……!と誰かが叫ぶ。
槍が突き刺さって居る所からは、
血すら滲んでいない。

「ご愁傷様ァ」

騎士は振り向き、ぎょろりと飛び出そうな目を剥き、笑みを撒く。
目の下は酷く黒ずんでいて、何処を取っても具合が悪そうだ。

「昔、この世界には魔法が満ちあふれていたらしい。その残り香が俺さ。
何人たりとも俺を傷つけられねェ。そしてぇ――!」

全身を使って甲板に剣を突き刺す騎士。

「こいつは俺の相棒。《不滅の刃(ドゥリンダナ)》だ。
欠けねえ、折れねえ、衰えねえ。何者をも斬り飛ばす名剣だ」

素手で背中の槍を抜いては捨てながら、ニヤリと凄絶な笑みを浮かべる。

「どうだ? 勝てるか? 勝てねぇよなあ?
どっかの国に、矛と盾、どっちが強ぇかって話があるらしいな?
残念。第三の選択肢。強いのは俺だ」

当たり前だろ、と言わんばかりに自らを指さす騎士。

最早、当初の勢いは何処へやら、海賊達は腕を下げ、
武器を握る手に、力が篭っていなかった。
どうやって逃げるかだけを必死に考えているのだろう。

騎士は、30対1の劣勢にも関わらず、誰も殺さず相手を無力化した。
世界にはまだまだ想像の付かない者が居る、と青年達は思った事だろう。

「さあ、海の藻屑ども、お前等に与えられる選択肢は2つ」

騎士は、甲板に突き刺した"不滅の刃"を更に深く突き刺した。
海賊達から悲鳴や呻き声が上がった。

「大事な大事な船と共に、名実ともに海の藻屑になるか」

柄を握り、騎士は"不滅の刃"を振り抜いた。
甲板が、船の中心から絹を割くように切り開かれる。

「それが嫌なら、俺の軍門に下れ。 良いぞ? 国軍だ。
荒くれ者から、国のお抱え軍人だ。 良い話だとは思わねえか?」

「じょ、冗談じゃねえ!」

騎士に背を向け、次々と海へ飛び込む者が現れる中、
最後まで甲板に立っていたのは、青年達3人だけだった。

「チッ、今回はたったの3人か」

不満げに"不滅の刃"をしまう騎士。
青年達がこの場に残ったのは、
単に腰が抜けて動けなかったからなのだが、
そんな事はお構いなしらしい。

「まあ、良い。俺がこれからのおめぇらの頭、オルランドだ。
師団長と呼べ。よろしくな」

3人のうち、2人は滂沱の如く鈍い汗を垂れ流し、目を泳がせまくっていたが、
1人はキラキラと目を輝かせていた。


―― 終節:日々に与える鉄槌 ――

伝説が歴史に刻まれる時、
平穏な日常はそこに巻き取られていってしまうのだろう。

誰も、普通では居られない。

大陸を二分する宗教戦争は、ついに地方にまでその余波を伸ばした。

箱に詰められた様な毎日が、生まれてから死ぬまで
ずっと続いていくような事は、もう無い。

ある青年は、火に慣れているという事から鍛治に携わり、
騎士団に武器を提供。また自らも自作の剣を携え、戦場に赴いた。

また、ある青年は、その博識から騎士団の作戦立案に加わり、戦果に貢献をした。
戦場では、従軍司祭としての役目も果たしたという。

また、ある青年は、自らが愛する女性達のため、決して取る事の無かった剣を取った。
それは、ある友のためであったとも言う。

しかし、ある青年は──、
いや、今ここで彼について語るのは止めておこう。

これは、若き青年達の"希望"の物語なのだから。

世界の転換点に参加した、若き青年達。

しかし、それでも彼らは、歴史書に名前を書かれない。
巻き込まれただけの人間の名など、出ては来ないのだ。

だからこそ私は、私だけは、居を移した此処イルアルトで、
私の手記に、彼らの軌跡を記そうと思う。

 
END

“ Story is end, but Linkage with ... ”



“ Which Ages is the next Linked to ...... ? ”

Cf. Exsequor - オルランド

―― 戻る ――